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川人綾は伝統文化に囲まれた奈良に生まれ、京都で日本の伝統的な染織を学びました。また、神経科学者の父から影響を受け、脳を通して世界を把握しているということを幼い頃から強く意識するようになりました。なかでも特に、視覚情報を脳が処理する過程で生じる錯視効果に興味を抱きました。
川人が学んだ日本の伝統的な染織においては、幾つもの工程を気が遠くなるような緻密な手作業によって作り上げていくため、熟練した職人の仕事であっても、最終的に微妙なズレが生じます。現代において、非効率的な手作業の積み重ねが生み出すそのズレは、人間の制御できる領域を越えた美しさを持っています。
同様に、対象と私達の捉えているイメージの間にも、しばしばズレが生じます。私たちが生きる三次元の世界は、網膜が捕らえた二次元の画像から脳が推測したものと考えられています。しかし、視覚と認知のメカニズムは複雑で、時に錯覚を起こします。現実とイメージのズレは、人は脳が加工した限定的世界を見ているという事を意味すると同時に、人間の認知することのできない領域があることを私たちに意識させます。
川人は、グリッド状の単純な形態を敢えて手を使い何層にも重ねて描くことで生じるズレによって、人間の制御可能な領域を越えた「何か」を絵画上に表出させることができると考えています。また、そのグリッド状の絵画に、奥行きや揺らぎが感じられるような錯視効果を作りだし、認知不可能な領域の存在を感じさせることを目指しています。
日本の伝統的な染織から現代の神経科学に至るまで多方向から影響を受けながら、目の前に横たわる日常に疑いを抱き、ズレがもたらす人知の及ばない領域の存在を鑑賞者と共感するために、作品を創り続けています。